文章倉庫

文章の倉庫です。いい文章が書けるようにがんばります。

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05. 学ぶ

05. 学ぶ

買い物帰りの主婦が二人。

「まあ!奥様、素敵な時計!」

手を引かれた少女が見上げ

「うち今月厳しいんだって!」

母親にギッと睨まれ小さくなる。


(67文字)

文章修行家さんに40の短文描写お題
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テーマ:お題 - ジャンル:小説・文学

  1. 2006/04/30(日) 19:18:59|
  2. 修行
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透明フェロモン(16)

 どれくらい時間が経ったのかわからなかった。目が覚めるとあたりは闇に包まれ、開け放った窓からは潮の音だけが聞えた。

 カノンさんと私を残して、ミチヒロさんは死んでしまった。
 カノンさんが研修に出かけて家を留守にした日、親子程年の離れた私とミチヒロさんは、肌を重ねた。彼女の留守をいいことに、彼女の寝室で。彼女の香水の香りに包まれて。

 ミチヒロさんは躊躇していた。最後までぎこちなかった。それでも、私は彼に抱かれることの意味以上の優越感を感じた。不思議と罪悪感はなかった。

 カノンさんが帰ってきて2日後の深夜、眠れないから散歩してくると言って家を出て行ったきり、ミチヒロさんは帰ってこなかったのだ。次の日も、その次の日も。
 
 そして、その次の日の警察からの電話で私たちは彼の死を知った。ふやけた中年男性の遺体が近くの海岸に打ち上げられたのだが、持ち物からすると、お宅のご主人ではないか、というものだった。
「そんなはずないと思わない?」
とカノンさんが呟いた。表情とは対照的に、顔色が悪く、普段から透明な彼女の肌は、より一層その色を失っていた。私は黙って頷いた。

 近所のN病院の霊安室で見たミチヒロさんの姿は、まるで別人だった。肌は変色し、顔はふやけて膨れ上がっていた。警察は、溺死だ、と告げた。体内からはアルコールが検出されたと言う。事故か、自殺か断定は出来ないが、酔って堤防から落ちたらしい、と言った。近くのあづま屋にはビールの空き缶が数本と、半分残ったウィスキーのボトルが転がっていたそうだ。ほんの数日前の、彼の肌の感触を思い出そうとしたが、分厚い壁に阻まれて記憶の線がつながらなかった。そこに横たわる物体をただ呆然と見下ろすことしか出来なかった。
カノンさんは泣くでもなく、ただ虚ろに宙を眺めていた。

 あの日から一ヶ月。今日こそ、私とミチヒロさんの間にあった事実をカノンさんに告げなければならない。いつも挫折してしまう決意は、いつものように私の頭に覆い被さり、私は抵抗するのも億劫になって深い眠りに落ちていた。目覚めると、海から吹き込んで来る湿った夜の風と、潮の音しかなかった。涙が頬を伝っていた。

 ベッドから重い体を起こし、部屋を出た。ミチヒロさんのいない仕事部屋の前を通れば、カノンさんの部屋だ。一歩一歩が自分の足ではないような気分で彼女の部屋の前に立った。たった今この場所に立ったのに、何分も何時間も前から立ち尽くしているような感覚を覚えた。私はそのドアをノックしようと、右腕を持ち上げる。軽く握り締めた拳が闇にぼうっと浮き上がる。私は、一つ息を吐いて、その拳を静かに打ち付けた。
 
 部屋の中から返事を待ちながら、今日こそは、と心の中で再び呟いた。

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2006/04/30(日) 18:03:04|
  2. 連載
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今日は焼肉

今日はこれから焼肉を食べに行きます。


むふふ。

テーマ:今日の出来事 - ジャンル:日記

  1. 2006/04/28(金) 18:18:15|
  2. 私のこと
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04. 旅

04. 旅

田んぼの真ん中にある無人駅に降り立った。

蛙がさわさわと鳴いている。

頭上には無数の星。

改札の向こうであなたが

「おかえり。」

と手を振る。

(66文字)

文章修行家さんに40の短文描写お題

テーマ:お題 - ジャンル:小説・文学

  1. 2006/04/26(水) 07:27:30|
  2. 修行
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『小説の秘密をめぐる十二章』を読んではっとしたこと

 どうもみなさんこんばんは、文章倉庫のNeutronです。
初めて覗いてくださった方、はじめまして。
何度か覗いて下さっている方、いつもありがとうございます。

 このブログを作ってもうすぐ一ヶ月になります。
作った当初のテンションを継続しつつ、今後も文章修行に励みたいと思っています。

 ところで、今、『小説の秘密をめぐる十二章』(河野多恵子 文春文庫)
と言う本を読んでいます。

 ブログを作って、確かに小説らしきものを書き綴ってはいるのだけれど、それは文字を垂れ流しているみたいで、こんなんでほんとに文章のうまくなるのかな、小説書く上で構成の方法とか、定石とか(みたいなものがもしあるんだったら)、私全然知らないし、と思い苦悩していました。(そんなに全然大げさじゃないけど)

 本屋でなにか参考になる本はないか、と探していると、ばちっとこのタイトルと目が合いました。それはまさに、運命的。

この本の最初の方で、マーク・トウェイン(トムソーヤの冒険を書いた人)の素人作家に対する意見が引用されているのですが(河野多恵子さん自身はその意見に共鳴してはいないと書かれていますが)、それが、とても身にしみました。

以下引用。

 ”素人の作品は、表面では忌憚のない率直な判断によって妥協せぬ誠実な批判をして欲しいといって持ち込まれるものの、その実は、そういう純粋な気持ちからでは全くない。持ち込んでくる人が本当に欲しており、期待しているのは褒め言葉と激励なのである”

 はっとさせられました。確かに、技術も何もない素人なのに、ただ書いて、他の人に読んでもらって褒めてもらおうなんて思っているようじゃまだまだなんだな、と感じました。

 私自身まだまだ文章がへたくそなので、いい作品をたくさん読んで修行を重ねていきたいと、思ったのでした。

テーマ:日記 - ジャンル:日記

  1. 2006/04/24(月) 00:41:03|
  2. 私のこと
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透明フェロモン(15)

 ベッドに寝転んで天井を見上げながらぼっとしていたら、ビールを飲みながら眺めた海の色を思い出した。今日はカノンさんがいない。私に念入りに化粧を施すカノンさんはいない、と心の中で繰り返した。
 その時ふと浮かんだのだった。鏡台の隅に置いてある香水。ミチヒロさんが、何年も前にカノンさんに渡したというエメラルドグリーンの香水。
 私は次の瞬間、起き上がり、そっと自分の部屋を出た。足音が仕事部屋にいるミチヒロさんに聞えないように、忍び足で、カノンさんの部屋のドアをそっと開けた。小さく開いた隙間から、体を滑り込ませると、部屋の奥の窓際に、カノンさんの鏡台がいつものようにそこに在った。いつも私がカノンさんに化粧をしてもらう鏡台が、今日は、どこか違って、見慣れないもののように見えた。私は片側の壁にあるクローゼットを見た。クローゼットの中には整然と服がつるされているのを以前見たことがあった。私の買ったことのないような、色とりどりの服・・・。
カノンさんの部屋の中で、特に目新しいものはなかったのだが、一人で入るカノンさんの部屋はどこか秘密めいていて、初めて入る部屋のようだった。
 私は鏡台に歩み寄り、そっと手を伸ばした。香水の小瓶を取って、そっとキャップを取ると、澄んだ香が立ち上った。ほんの少し手首にとって、匂いを嗅いだ。ウッドデッキで二つの影を見たあの夜と同じ香だった。またキャップを閉め、もとあった位置に戻す。誰も触っていないということをアピールするように、角度まできっちり合わせた。
 窓から差し込む午後の日差しは、少し柔らかくなっていた。
 私はクローゼットの扉を開け、整然と吊り下げられている服を眺めた。クローゼットの奥のほうには、私が今まで買ったこともないようなセクシーなイブニングドレスが何着かあった。
 私は、その場で身にまとっていたスウェットを脱ぎ、クローゼットの奥に手を入れて黒のイブニングドレスを手に取った。細い肩紐が2本。背中は大きく開いていた。着方が分からず背中から足を入れて引き上げると、ヒップで引っかかった。悪戦苦闘の末、ようやく身につけると、鏡台の前に進み姿を映した。次に、大きく開いた背中を見ようと鏡台に背中を向けて、肩越しに鏡に映る背中を眺めた。ふと顔を戻すと、閉め忘れたドアの向こうに、ミチヒロさんが立っていた。
「・・・ミチヒロさん。」
「ご、ごめん、覗くつもりはなかったんだけど。ごそごそ音がしたから、何かと思って・・・。」
「私こそ、ごめんなさい・・・勝手に、カノンさんの部屋に入って・・・。」

そう言ってからはっとした。ミチヒロさんはいつから見ていたんだろう。

「それにしても・・・。とてもよく似あっているよ。カノンの若いときにそっくりだ。」

と言うと背の高いミチヒロさんは顔を赤くして俯いた。
留守をいいことに、勝手に部屋に忍び込み、妻の服を試着する女をとがめるのでもなく、穏やかにそういうミチヒロさんを私は直視できなかった。あの時、ミチヒロさんが一言きつく言ってくれたらよかったのだ。あるいは、見てみないふりをして、その場を立ち去ってくれたらよかったのだ。

 赤い顔で俯くミチヒロさんに近づき、抱きついた。
ミチヒロさんは戸惑っていた。でも、あまりにもしつこく抱きついて離れないので、仕方なく、私の頭をなで、
緩やかに抱き返した。
 私はイブニングドレスの肩紐を両肩からはずした。悪戦苦闘して着たのが嘘みたいに、ストンとドレスの方が体から離れ落ちた。
 下着だけになった私と彼はそのまま見つめ合っていた。夕闇が迫っていた。

テーマ:連載小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2006/04/23(日) 23:22:35|
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透明フェロモン(14)

カノンさんが研修に出かける日の朝、ミチヒロさんと私は、ウッドデッキに立って、カノンさんが家の前の坂道を駅の方に向かって歩いていくのを手を振って見送った。
「お継母さん、気をつけてねー。」
と大声でカノンさんに呼びかけると、振り向いて手を振った。カノンさんの長くて黒い髪が海から吹いてくる風になびいていた。
 
 その日の午後は、ぎんぎんに冷えた缶ビールを持って散歩に出かけた。ミチヒロさんは、今日はいいよね、二人の秘密ね、と言うと、冷蔵庫から缶ビールを数本と、イカとか、するめだとかの100円のつまみをスーパーのレジ袋に入れ、では参りましょう、といった。
 私たちは、缶ビールがぬるくならないように、いつもの歩調より早い足取りで坂道を下り、駆け足で階段の小道を抜けた。
 海の見えるあずま屋で、私たちは木製のベンチに腰を下ろし、袋から家を出る前に詰めた缶ビールとつまみ類を取り出すと、少し汚れた木製のテーブルに広げた。
 ミチヒロさんがプルタブを開ける。途中、走ったせいで、泡が飛び散った。

海を眺めながら飲むビールはおいしかった。私は、穏やかな表情で海を眺めるミチヒロさんの横顔を見ていた。
私は
「ミチヒロさんのこと好き。」
と言った。
ミチヒロさんは何も答えなかった。

 家に帰ると、いつもは出迎えてくれるカノンさんは、もちろんいなかった。
「さてと。」
と言ってミチヒロさんは仕事部屋に引き上げていった。
私も自分の部屋に戻った。

透明フェロモン(15)

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2006/04/23(日) 23:03:47|
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透明フェロモン(13)

 クーラーの効いた部屋で、私とミチヒロさんがカキ氷を食べるところをカノンさんは頬杖をついて見ていた。がっつく私をみて、

「いくら私とユウちゃんが似てるといっても、食べ方はぜんぜん似てないわね。」

とカノンさんが苦笑した。

 私の食べるかき氷は、スプーンからこぼれ落ち、机に着地する。溶けてエメラルドグリーンの水滴に変わった。

「でも、おいしそうね。」

とカノンさんは付け加えた。細めた目じりに皺が出来た。

「お継母さんはたべないの?」

と私がカノンさんに聞くと、

「食べたら余計に寒くなっちゃう。」

と肩をすぼめて答えた。
 カノンさんは、私たちの散歩にはついてこない。
太陽に肌を焼かれるのが嫌なの、と言っていた。透き通るように白い肌。私はカキ氷を食べながら、ミチヒロさんとカノンさんを交互に見た。どちらかと言えば色黒のミチヒロさんと、白くて溶けてしまいそうなカノンさんの肌が重なりあうと、どんな色になるのだろう、とカキ氷には似合わない想像をしていた。

「そういえば、研修っていつからだったっけ。」

とミチヒロさんが頬杖をついたカノンさんに聞いた。

「あさって。」

「研修?」

「ユウちゃんには言ってなかったわね。今度、美容関係の研修があるの。3日間。留守にするけど・・・、大丈夫よね。」

とカノンさんは言うとミチヒロさんを見つめた。私は、大丈夫よね、というカノンさんの言葉の意味を考えていた。

「大丈夫だよ、ユウちゃんもいるし。安心していっておいで。」

とミチヒロさんは私を見て答えた。

「ユウちゃん、留守中、ミチヒロのことよろしくね。」

「うん。大丈夫。任せといて。私だって料理ぐらいはできます。研修中、教室はお休み?」

「お休みね。生徒さんには連絡してあるから。」

「了解。」

 私とミチヒロさんはまたカキ氷をしゃりしゃりと食べ、カノンさんはまた黙って、私たちが食べるのを見て微笑んでいた。

 私のことを信頼してくれたカノンさんのことを、後に裏切ってしまったのは、確かに私の過ちなのだ。

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2006/04/22(土) 09:20:31|
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03. 卒業

03. 卒業

リビングのピアノの上に、ちょこんと座るクマの縫いぐるみ。
毎晩、抱きしめられ色褪せた。

「もう一人で眠るの。」

少女の言葉。

母の微笑み。

(65文字)

文章修行家さんに40の短文描写お題

テーマ:お題 - ジャンル:小説・文学

  1. 2006/04/20(木) 22:12:42|
  2. 短編
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隣の席の人(5)

 ドアをノックする音がした。
 想像にふけっていたら、部屋に入ってからすでに一時間ほど過ぎていた。空が夕暮れ色に染まり始めていた。

「前田さん、そろそろ風呂行こう。」

キクタさんだ。ドアの向こう側から声がした。

「はい、ちょっとまってください。」

と私が慌てて返事をする。
 
キクタさんが、ただ温泉に来たかっただけでもいい。
私を誘ってくれたのは事実なのだからそれでいい、という気持ちになって、私は急いで準備した。

温泉に入った。私は、普段より長湯で、温泉を堪能した。
露天風呂に落ちた月を両手ですくい上げると、指の間からさらさらとこぼれ落ちる。何度やってもすくえないので、水中で手のひらを広げその中に月を収めて、いつまでも眺めていた。

 キクタさんは、いつもよりずっと長く入っていたつもりだけど、といいながらも、私よりも三十分ぐらい早く上がっていたようだった。
 暖簾を出たところにある、竹製の腰掛に座って、涼んでいた。短い髪が濡れていた。

「喉かわいたね。」
「乾きましたね。」
「・・・、ビール、飲んじゃおうか。」
「飲んじゃいましょう。」
「我慢はよくないよね。」
「飲みたいときに飲んでしまうときっとおいしいですよ。」

と、酒に関しては気が合わないことはない私たちは、同意のもと、自販機でビールを買って乾杯と缶を打ち合わせて、二人で腰掛に座ってぐびぐび飲んだ。

 缶ビールを飲み終えた後、空き缶を持って立ち上がると自販機の隣にあるゴミ箱に向かいながら、キクタさんがぼそっと言った。

「今日は一緒に来てくれてありがとう。前田さんが来てくれてよかった。」

 私は、一瞬自分が聞いた言葉をうまく受け止められなかった。その後、何度も何度もキクタさんの言った言葉を繰り返した。

 今日は一緒に来てくれてありがとう。前田さんが来てくれてよかった。・・・・。

その後、心の中で 

キクタさん、私、キクタさんのこと、とても好きです。

と、繰り返した。


キクタさんは、振り向いて、

「さあ、そろそろ行こうか。」

と手を差し出して言うと八重歯を見せて微笑んだ。

「・・・とろけそうです。」

と私は声にして言ってキクタさんの手を握った。
キクタさんは、笑いながら私の手をしっかり握り返した。

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2006/04/19(水) 23:45:49|
  2. 短編
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隣の席の人(4)

 宿に着くと、宿の人が「ようこそいらっしゃいました。」と部屋に案内してくれた。
 部屋は別々だ。キクタさんの部屋は、私の部屋の隣だった。

「一緒がよかった?」

と冗談交じりに、キクタさんが聞いた。

「え?冗談やめてくださいよ。」

と私が言う。

「そりゃ、そうだよね。セクハラになっちゃうね、部長には内緒にしておいてよ。」

ふふふ、と笑い合って、別々の部屋で休んだ。
 
 部屋に入って、一人になって、ため息をついた。何を期待していたんだ私は、と思った。
キクタさんが温泉に誘ってくれて、二人で温泉に来た。
ただそれだけだ。
キクタさんは、温泉に来たかったのだ。
ただ、一人で来るのも、なんだから、飲み友達で、変な気も起こさないであろう、この私を誘っただけだ、きっとそうだ。
 だから、部屋だって別だ。いや、でも、部屋が別なのは当然と言えば当然だ。私たちは付き合ってるわけではない、ただの飲み友達で、ただの職場の同僚だ。それに、いきなり同室というのも、おかしいと言えばおかしいか・・・。
 
 ぐるぐると考えていた。そして、壁の向こうには、キクタさんがいるのだ、と考えるとぞくぞくした。どんな格好で、何をしているのだろう。こうしている間も、キクタさんの八重歯はひっそりと、キクタさんの歯茎に当たり前のように納まっているのだろうな、と想った。キクタさんと接吻したら、八重歯は私の唇のどの辺りに触れるのだろう、唇で八重歯に触れたらどんな感触なのだろうか。想像しようとしてもなかなか想像できない感覚だった。

隣の席の人(5)

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2006/04/19(水) 23:41:38|
  2. 短編
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隣の席の人(3)

 「後、一時間ぐらいで着くよ。」
とキクタさんが口を開いた。ラジオの音はもう聞えなかった。あたりを山々に囲まれた田舎道だ。

「・・・ところで、」
「はい?」
「前田さんは長湯する方?」
「・・・えっと、そうですねえ、・・・場合によりますね。」
「普段は?」
「普段は早いですよ。だけど、温泉だと、長く入らないともったいない気がしないですか?そういう時は長湯です。出たり、入ったりを繰り返して、十分満喫してから上がります。茹蛸みたいになるんですけどね。」
「俺は、熱いお湯苦手だからカラスの行水だよ。もったいないかな。」
「もったいないですよ。」
「出たり入ったりね・・・。」

と言うと、キクタさんは、左手をハンドルから放しギアにそっと手を置いた。赤信号だ。

「変なこと想像しないでくださいよ、全く。」
「え?想像してないよ。」

というと、私に軽く笑いかけた。信号が青に変わり、車はまた走り出した。

私は、「とろけそうです。」と聞き取れないくらい小さくささやいてみた。

「え?なに?」

とキクタさんが聞き返した。

「・・・なんでもないですよ。ちゃんと前向いて運転してくださいよ。」

私は、キクタさんのことが好きだ。

隣の席の人(4)

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2006/04/19(水) 23:37:49|
  2. 短編
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隣の席の人(2)

入社してすぐは、隣の席できちっと仕事をこなすキクタさんの真剣な横顔を、私も見習わなければ、と思って見ていた。

焼き鳥屋に誘ってくれるようになってからは、笑うときの八重歯がいいな、とひそかに思っていた。
どんなに遅くまで飲んでも、遅刻なんて一度もしたことのない、キクタさんに、私は憧れていた。

憧れは憧れで終わるはずだった。

 夏も終わりかけのある日、焼き鳥屋からの帰り道、キクタさんは一度だけ私たちのルールを破ったことがある。
 その日も、「それじゃ、また明日。」と言って、お互い別々の方を向いたまではよかった。
 私が数メートル歩いた後、歩道のブロックを越えてタクシーを捕まえようと車道に出ようとしたとたん、

「前田さん!ちょっとまて!」

と言って、キクタさんがすごい形相で走りよってきたのだ。
何事か、と思い、振り向くと、酔ったキクタさんは乱暴に私を引き寄せて抱きしめたのだ。
 あまりに強かったので、私は、ウプッと変な声を出した。
キクタさんは慌てて引き離すと、今にも泣き出しそうな眼で私を見つめ、

「・・・死ぬなよ、・・・まだ早い、俺が守ってやるから。」

と言うと、さらに強く抱きしめたのだった。

「・・え?どういうことでしょうか?」

と息も絶え絶えにやっとのことで言うと

「・・・あ?」

とキクタさんは我に帰って聞き返したのだった。八重歯が見えた。

「あれ、自殺しようとしてるんじゃないのか?あ?・・・ごめん、ごめん。」
 キクタさんはぱっと私から離れると、ははは、少し飲みすぎたかな、と笑って「それじゃ、今度こそ、また明日ね。」と言うと、踵を返して帰っていった。
 
 その日、珍しく仕事で失敗したというキクタさんは、普段よりも少し早いピッチで日本酒を飲んでいたのを思い出した。私は、なんとなく安心して、また、少し残念だった。

 次の日も、その次の日も、あの時抱きしめられた感覚を忘れられなかった。

 それ以来、隣の席で仕事をするキクタさんの広い肩幅や、短い髪や、閉じた口の中にひっそりと生えている八重歯を想うようになった。

隣の席の人(3)

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2006/04/19(水) 23:33:18|
  2. 短編
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隣の席の人(1)

 旅行に行こうと誘ったのはキクタさんの方だ。
「重要なお知らせ」と題したEメールの本文には、
「前田さん、週末、暇?」とだけ書いてあった。
私は「RE:重要なお知らせ」と題して、
「暇ですけど、何か?」と返信した。

 数分の後、また、Eメールが来て、今度は、
「週末、温泉にでも行かない?」とあった。
 隣の席なのに直接言わないところがキクタさんらしかった。

 システム関連の今の会社に就職したのは2年前のことだ。はじめに案内された私の席の隣にはキクタさんが座っていた。
キクタさんは、私より5年先輩で、今の仕事を一から教えてくれたのだが、笑うと見える八重歯のせいか、同じ年ぐらいに見えた。
 キクタさんが十歳ぐらい年上だと知ったのは入社後しばらくたってからだ。

 席が隣のせいもあったけれど、私たちは仕事帰りによく飲みに行くようになった。
会社の近所の焼き鳥屋で、カウンターに座り、まず生ビールを注文する。2杯目からはキクタさんは日本酒を飲み、私は焼酎を飲む。
「部長は、しつこいよね。」
「そうですね。」
「この前も、ぐちぐちぐちぐち、しょうもないこと繰り返してたな。」
「はい。私も聞いてました。」
「何とかならないかね。」
「何とかなればいいですよね。」
と、上司の愚痴をこぼし、思い出したように焼き鳥を食べる。
お互いの気が済むまで飲んで、別々に会計をして、店を出た後は、「それじゃ、また明日。」といって別々に帰るのが私たちの暗黙のルールだ。

 キクタさんから、「温泉にでも行かない?」と誘われるとは思ってもいなかった。正直、飛び上がるほどうれしかった。
私は、「いいですよ。行きましょう、温泉。」と、わざと3分待ってからメールを返信した。

 温泉宿までは、キクタさんの運転する車で、6時間ほどかかった。新緑が鮮やかないい季節だった。
 焼き鳥屋のカウンターで並ぶのと違って、車中という区切られた空間に、私は少し戸惑った。キクタさんは、そんなことはなんとも思っていないらしく、

「温泉、楽しみだね。」

と、ラジオから流れる私の知らない音楽にあわせて口ずさんだりした。
 後は、他愛ない話を、焼き鳥屋で話すよりは、お互い少し真面目になって話したり、沈黙したり、キクタさんがまた口ずさんだりした。

隣の席の人(2)

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2006/04/19(水) 23:27:33|
  2. 短編
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02. 嘘

02. 嘘

祖母と墓参り。

「お前が淋しくないように、俺はお前より少し長生きするぞ。って言ってたのにねえ。」

タバコと花を供える背中は太鼓橋の様だ。

(66文字)

文章修行家さんに40の短文描写お題

テーマ:お題 - ジャンル:小説・文学

  1. 2006/04/17(月) 23:32:11|
  2. 修行
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01.告白(2)

01.告白(2)

食卓に、妻がいない。

「もう、うんざり。離婚して。」

昨晩のことだ。判を押した。

広くなった部屋で、両手を広げて伸びをした。

「最高。」

(64文字)

文章修行家さんに40の短文描写お題

テーマ:お題 - ジャンル:小説・文学

  1. 2006/04/16(日) 23:49:01|
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透明フェロモン(12)

 その日は、雲ひとつない快晴で、夏の太陽はぎんぎんと照らしつけていた。眼下に見える海面は日差しにつられてゆらゆらうねっていた。
 暑いから早く帰ってきてね。冷たいもの用意しておくから。とカノンさんは言って、いってらっしゃいと私たちに手を振った。

「今日は暑いね。」
「暑い暑い。ミチヒロさん、髪が張り付いてるよ。」

 白壁の教会の角を折れたあたりで、私は背の高いミチヒロさんの髪に触れた。白髪が私の指に絡みついた。

ミチヒロサンは目を丸くした後、直ぐにいつもの笑顔で、

「汗っかきなもんでね。」

と言った。

木立の間を抜ける階段は、日差しをよけてくれるのでまだ涼しかったが、海から上がってくる湿り気のある空気が、草いきれと混ざり合って、独特なにおいがした。

「ミチヒロさん、昨日寝るの遅かったの?」

と私が聞いたのは、海の見える東屋で休憩しているときだ。暑くて、会話が途切れたので、投げやりに言った。

「え、なんで?」
「今朝起きるの遅かったから。」
「まあ、遅かったよ。」
「なんで?私が寝た後、仕事してた?」
「いや、仕事はしてない。」
「何してた?」
「どうしてそんなに聞くの?」
「え、別に。何してたのかなと思って。」
「カノンとウッドデッキで、夜の海の音を聴いていたよ。雨が上がった後。」
「ふうん。」

ミチヒロさんは、ふうん、という私の言い方を真似して、ふうん、と言った。

 私が前日の深夜にウッドデッキに見た二つの影は、確かにミチヒロさんとカノンさんであった。寝ぼけながらも、二人がしていた行為を知らないほど私は子供ではなかったのだが、
私の生まれる前に恋に落ちた二人が、何十年も経ったその日にもまだ尚、性的な営みがあるということを、ちょっとした奇跡のように感じたのだ。

 そのことについて、ミチヒロさんはどう表現するのか少し期待して問いかけたのだった。返ってきた答えは、ミチヒロさんらしい素敵なフレーズだった。安心もしたが、がっかりもした。

 海の音を聴いていたよ・・・。

「・・・カノンさんと、」

カノンさんと、セックスしていたんでしょ?私見てしまったんです、午前2時ごろ。丁度喉が渇いて、目が覚めて水を飲みにキッチンに行ったときだったんです、香水の香りがして、影が揺らめいていて・・・、と言いかけて私はやめた。そんな野暮なことは言わない方がいい。

もし言ったら、ミチヒロさんは何て答えただろうか。夫婦だから当たり前じゃないか。などとは言うはずはない。
きっと、少年のように耳たぶまで真っ赤にして、もう、私のことを見つめてもくれないだろう。

「ユウちゃん、どうかした?」

 ミチヒロさんの声で、我に返った。蝉の声がうるさい。波の音は静かだ。

「・・・暑いからぼっとしちゃった。」
「そろそろ行こうか。」
「そうね。・・・カノンさんの用意する冷たいものってなにかな。」
「なんだろう、カキ氷か、アイスクリームか、かちんかちんに冷えたアイスコーヒーとか。」
「ビールではなさそうだよね。」
「それはないだろうね。」
「ビール飲みたいね。」
「それはいいね。最高だろうね。」

 立ち上がると、水平線のあたりに小さく白い船が見えた。上空では羽を大きく広げた鳶が滑空していた。
 
 家に帰るとビールではなくカキ氷が出てきた。カノンさんらしくエメラルドグリーン色のメロン味だった。

透明フェロモン(13)

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2006/04/16(日) 23:30:09|
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01.告白

01.告白

 雨空を眺めている。10分前と変わらず傘がない。

 「あの、これ。」

 赤い傘の女が言った。

 走り去る彼女の背中をいつまでも見つめていた。

(65文字)

文章修行家さんに40の短文描写お題

テーマ:お題 - ジャンル:小説・文学

  1. 2006/04/16(日) 18:59:56|
  2. 修行
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00.お名前とサイト名をどうぞ。また、よろしければ一言なにか。

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Neutronの「文章倉庫」です。まだまだ未熟ですが、文章力をつけようと悪戦苦闘するべく、お題を拝借いたしました。


文章修行家さんに40の短文描写お題

テーマ:お題 - ジャンル:小説・文学

  1. 2006/04/16(日) 18:40:02|
  2. 修行
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受話器の向こう側(4)

キノ君と二人で会うようになって1ヶ月目の夜に、電話がかかってきた。ちょうど湯船に浸かっていた。一度電話は切れ、10分後にまた鳴った。受話器を取ると彼だった。
「イムラさん。ずっと言おうと思ってたんだけど。」
「何?キノ君。」
「イムラさん俺のこと好き?」
飽きるくらい性交をしておいて今更嫌いと言うわけはなかった。そのとき本当にキノ君のことを好きと思っていた。
キノ君のしゃべり方や、しぐさが好きだった。体の相性は抜群だった。でも、改めて好きかどうか聞かれるとどう答えていいのか良く分からなくなったのだ。とても好きなのかもしれなかった。少し悩んで「とても好き、なのかもしれない。」と言った。
「それじゃあ、イムラさん、俺の彼女になる?」
「え?」
「俺と付き合う?」
「・・・」
「ねえイムラさん聞いてる?」
私は何も答えられなくなった。そう言われたことが嬉しくなかったわけではない。なぜか、しっくりいかなかった。カノジョ?私は暗黙のうちに、自分はキノ君のカノジョだと思っていたのかもしれなかった。言葉をともなった明白な同意のもとに、二人の関係を確かめ合おうという、キノ君のキノ君らしからぬ行為に、私は少しうなだれた。私の肩から腕の曲線が好きだと言ったのはキノ君だけだったから、同じタイミングで感じ合えるだけで満足だったのだ。それ以上のことはいらなかったのだ。
「キノ君、わたし、彼女っていう柄じゃないから。今までどおりいようよ。」
と答える向こう側に、ただ押し黙るキノ君と私の長い夜があった。

その後、数回、私とキノ君は相変わらず、二人で会って、性交をして、お互い安心して、いや少なくとも私は安心して、二人で眠ったりした。

その後は、次第に会う機会が少なくなった。それでも、キノ君からはいつもタイミングの悪い電話があったし、たまに会えば会ったで、またキノ君は私の腕を褒め、私たちは接吻をし、性交した。


 そして、一昨日。キノ君の電話。彼の言う、「サエコ」は同じバイトの子で、3つぐらい年下だ。髪は明るい茶色で縦巻きにカールしていた。女の私から見ても、とてもかわいらしい。古代ギリシャ風のお尻をもつキノ君にはお似合いかもしれない。
電話では、キノ君は続けて言った。
「イムラさんのこと大好きだったのは本当だから。」
「・・・。」
「イムラさん?聞いてる?」
とキノ君が確かめる。

もうわかったから。
こちらこそ、楽しかった
いろいろありがとう。
さよなら。

と受話器を置いた。受話器はずしりと重かった。私も大好きだった、とは今更言えなかった。

昨日、バイトをやめた。

二日たった今日、久しぶりに、一人で映画を見に行った。キノ君と行った映画館だった。映画は、ありがちなハッピーエンドのラブコメディだった。私は笑いながら泣いた。キノ君の体温を思い出した。

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2006/04/16(日) 10:55:04|
  2. 短編
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受話器の向こう側(3)

 私たちは、その後も、たびたび性交した。お互いの家はもちろんのこと、可能である思われる場所はすべて、と言ってもいい程、ありとあらゆる場所で。真夜中の公園、車の中、映画館・・・。
 
 バイト先の休憩室で実行したこともある。たまたま休憩時間が重なったのだ。キノ君はパイプ椅子に座って缶コーヒーを飲みながら、ノースリーブから伸びる私の肩から腕の曲線をなでて、接吻をした。

「イムラさん、腕、鳥肌立ってる。」
「ちょっと寒い。エアコン効きすぎてない?」
「そう?」

というと、エアコンを止めるでもなく、私に近づくと、キノ君は強く抱きしめた。

「イムラさん。」

湿った声で私の耳にささやいてから、安っぽいコーヒーの香りのする彼の唇を私の唇に重ねた。私はキノ君の薄い唇を懸命に吸った。そうしないとキノ君が溶けてなくなってしまいそうな気がしたのだ。

「イムラさん、イムラさん、イムラさん・・・・ここで、したいよ。」

とキノ君は接吻しながら、言った。私は甘いコーヒーの香りにくらくらしていた。
 私たちは休憩室にこっそり鍵をかけて、性交した。運良く誰も来なかった。

受話器の向こう側(4)

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2006/04/16(日) 10:51:39|
  2. 短編
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受話器の向こう側(2)

 キノ君とはバイト先で知り合った。5歳ぐらい年下に見えた。

 初めの見た目は、あまりタイプではないなと思っていたし、年下は苦手と思っていたのだけれど、同じシフトの日の帰り道、「一緒に食事でもどう?」と誘われて、数回、一緒に食事した。

 何度目かの食事の後、一緒にお酒を飲み行った。お互い、甘い酒は苦手、ということで意見が一致した。それに、実は同じ年だと言うことを知った。度々一緒に飲みに行くようになって5回目の夜、キノ君は、
「イムラさんの家行っていい?」とさらっと言うと、
私のアパートにやってきた。
そして、少し酔った私を手馴れた感じにベッドまで追い詰め、なんでもないように、愛してるんだと言いながら接吻をすると、するすると私の洋服を脱がせた。
 そのあと私たちははじめて性交をした。味わったことのない一体感に、充足した。体の相性というものは本当にあるものなのだな、とそのとき初めて知った。

 キノ君の体がとても暖かかった。

 終わった後、すやすやと寝息をたてて眠るキノ君は、サバンナに住む小動物のようにけなげな顔つきで、私は安心した。

いつまでもこの寝顔を見ていたい、という気持ちになった。

翌朝、私は朝食を作り、食卓をはさんで二人でむしゃむしゃ食べた。キノ君は、ごちそうさま、おいしかった、と言った。

「よかった?」

とキノ君が言った。言い逃れはさせないというような視線で。

「・・・とてもよかったよ。」

と、私は言ってのけた。

「俺も。イムラさんが今までで一番。」
「それはよかったね。」
「ところで、イムラさん、僕で何人目?」
「そんなこと秘密。キノ君には教えない。」

 隠すほどのこともなかった。同じ年の友人と比べたらとても少ない。しかし、少なすぎて驚かれるのも嫌だったし、嘘をついて多く言うのもどうかと思ったので言わなかっただけなのだ。
 キノ君は口を尖らせて、

「秘密のイムラは、イムラ村、鬼が出てきて食べられるー」

 とでたらめの歌を歌って立ち上がり、私の側にやってきて、背後からぎゅっと抱きしめて、

「イムラさんのことすごく好き」
と言った。
 私は、キノ君がそんなことを言うなんて予想もしていなかったのだけれど、なんとなく幸せなような気になって、

「わたしも。」

 つぶやいた。その後、またぬくもり冷めないベッドに戻って、お互いの体を探り合った。
 
 キノ君の体は、見た目より大きい。筋肉がしっかりついていて硬い。腕が長い。手が骨ばっていて大きい。おしりがきゅっと引き締まっていてきれいだ。キノ君の体は、美術館にある彫刻みたいね、古代ギリシャとか、どこかの。というと、だまってにっと笑う。
 キノ君は、私の体は全部が曲線でできていて芸術的だといった。特に肩から腕にかけての緩やかな曲線がいい、といった。
 私は素直にうれしく思ったのだけれど、そんな変な部分を褒める男は初めてだったので少し戸惑った。
 今まで寝た男はみな同じように、同じ部分を褒めたり、触りたがったのだが、キノ君は、いつもはじめに私の肩から腕にかけての部分を猫をなでるように触った。
 触り方が実に巧妙で、それだけでぞくぞくとする自分が不思議だった。

受話器の向こう側(3)

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2006/04/16(日) 10:42:13|
  2. 短編
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受話器の向こう側(1)

 キノ君から電話がかかってきたのは、一昨日のことだ。キノ君の電話はいつもタイミングが悪い。トイレで用を足しているときだったり、湯舟に浸かっているときだったり、布団の中で眠りにつくかつかないかのときだったりする。だから、いつも一度目は切れる。10分ぐらい経ってからまたかかってくることもあったし、かかってこないこともあった。その日は、珍しく一度切れてから1分経たずにかかってきた。私は慌ててトイレを出た。

 「珍しい。どうしたの。」

と受話器を取ると

 「俺・・・・、サエコと付き合うことになったから」

と言った。私はそれを聞いて、

「・・・そうなんだ。それはおめでとう。」

とあえてそっけなく答えたら、キノ君は、ほんとごめんね、今までありがとう、と言ったのだった。

受話器の向こう側(2)

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2006/04/16(日) 03:28:41|
  2. 短編
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透明フェロモン(11)

次の日の朝のカノンさんは、「おはよう、よく眠れた?」と私に聞くと、少し鼻歌を混じらせて、珍しく、紅茶ではなくコーヒーを入れてくれた。ウッドデッキに面した窓は明け放たれていて、さわやかな早朝の空気が吹き込んできた。真夜中に踊っていた二つの影は、もちろんどこにも見当たらなかった。昨晩、降り出した雨が嘘だったかのように、空はこれでもかと晴れ渡っていた。
 私は、「とってもよく眠れた」と、言った。
 ミチヒロさんとカノンさんと一緒に過ごして一ヶ月が経とうとしていた。

 「昨日のパーティー、楽しかったね。」

とカノンさんに言うと、そうね、といって、いつものカノンさんのやさしい笑顔になった。

「ミチヒロさんは?」

と聞くと、昨日遅かったから、といって、カノンさんはミチヒロさんの仕事部屋の方を見た。

 さあ、今日も教室を手伝ってね、お化粧してあげましょう、さあ、シャワーでも浴びてきて。

 とカノンさんはテンポ良く言った。
 シャワーから出て髪を乾かすと、待ってました、とばかりにカノンさんは私を鏡台の前に座らせ、メイクを始めた。
 この家に来て、一ヶ月。カノンさんが私にメイクをするのは習慣になっていた。
 カノンさんの教室で、私も生徒さんに、礼儀作法や立ち振舞い、メイクの仕方を教える。この家に来る前は、そういうことに、ほとんど無頓着だったこの私が。カノンさんの影響だ。 

 ジーパンとTシャツしか着なかった、ほとんどスッピンで赤茶けた癖毛の私が、品のよい、お化粧の上手な、黒くて綺麗な長い髪のカノンさんにいろんなことを教えてもらった。女性としての、自分の見せ方。カノンさんは、よく言った。

「・・・だけど、やっぱり、心の問題、と思うの、女性に限らず、人間の魅力って。よい心で人に接すること。それが大事だと思う。でも、外見が心に影響して、それで心をよくすることができるのだったら、それをうまく利用しない手はないでしょ?礼儀作法とか、お化粧の仕方とか、方法の一つでしかないけれど。私は、そのお手伝いをするだけ。」

 ミチヒロさんはこんなカノンさんと出会って恋に落ちたのだな、と思う。私が、まだこの世に存在しない、その世界で。

 カノンさんの魔法にかかったみたいに、メイクされた私は少し別人みたいになって、鏡の中の自分を見つめた。不自然さや違和感がなくて心地よかった。私は、「ありがとう、お継母さん」、とカノンさんに言った。
 
 ふと鏡台の隅に置いてある、エメラルドグリーンの小さな子瓶を見た。カノンさんが大切にしている香水だ。前回見たときよりも、少し減っているような気がした。

 その日の午後もミチヒロさんと海辺に散歩に行った。


透明フェロモン(12)

テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2006/04/15(土) 15:23:59|
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透明フェロモン(10)

 ミチヒロさんとカノンさんは子供がいないせいか、週に一度は、人を集めてパーティーを開いた。カノンさんの教室の生徒さんや、近所の奥さん方。料理はカノンさんと私が作る。

 ミチヒロさんは、キッチンまでやってきて、私たちにちょっかいを出したり、ウッドデッキで新聞を読んでいたかと思うと、また立ち上がり、玄関を掃き掃除し始めたりと、とにかくそわそわする。

 ミチヒロらしくないでしょう。とカノンさんは言った。人が集まるときはいつもあんな感じなのよ。

そして、「ユウちゃんありがとう、後は私がやるから。」とカノンさんはいうと、まだ落ち着かずにリビングをそわそわしているミチヒロさんを見てから、相手してやって、とでも言うように私に目配せをした。


「ミチヒロさん、今日はずいぶんそわそわしてるね。」
「そうかな、いつもこんな感じだけど。」
「いえ、いつもと違います。すごく。」
「そんなことないよ。」
「そう?」
「そう。・・・それにしても。」
「何?」
「今日は、雰囲気が違いますね。」
「ますます、カノンさん似ということ?」
「いえ、今日は『田上優子さん』オリジナルでしょう。ワンピース似合ってるよ。」

柄にもなく、くるりと回って、「それはありがとう、ミチヒロさん。」と言った。

ウッドデッキでの私たちのやり取りをキッチンから見ていたカノンさんがやってきて、
「演劇か何か?ふふふ。」
と楽しそうに笑った。

 
 夕方になると、一人二人、やってきて、7時ぐらいになって日も落ちると、沢山の人が集まった。
  そして、その日も同じように古い仕掛け時計の人形が午後10時を告げると、ぽつぽつと人々は帰っていき、にぎやかだったのが嘘のように、静まり返った。
 雨が、海に落ちる音が聞こえそうだった。

 「おやすみなさい、お継母さん、おやすみなさい、ミチヒロさん。」

と、酔いに任せて、またくるりと回って、早々と西向きの角部屋に切り上げたのだった。

 真夜中、喉がひりひり渇いて、目が覚めた。一瞬、どこにいるのか分からない。学生時代住んでいたアパートか、それとも、実家の私の部屋?、と自問自答して、ようやく、自分のいる場所が分かった。そうだ、カノンさんと、ミチヒロさんの家。私は、この西向きの角部屋を借りて滞在しているんだったっけ。

 ベッドから這い出して、水を飲むために部屋を出た。リビングを通ってキッチンの水道の蛇口を静かにひねった。午前2時10分。仕掛け時計の人形も眠っている。暗闇の中で、近くのコップを手探りで探し当て、水を汲み、一気に飲み干した。

 一息ついて落ち着くと、僅かに香水の香りがした。コップだ。
でも、いつものカノンさんの香りとは違った。嫌味のないいい香りだった。

 ぼうっとした頭で、ウッドデッキの方を眺めると、月明かりに照らされた二つの人影があった。
 昼間、私がミチヒロさんと演じたあたりに、二人の影が長く落ちていた。

 私は二つの影をじっと見つめていた。
 はじめは穏やかに、静かなダンスを踊るように揺らめいていた。
 しだいに揺れは大きくなって、最後は絡まりあって一つになった。
 そして、また静かになった。

 午前2時30分。面倒くさそうに人形がボーンと一つ鳴いた。

 私は何も見ていないつもりで部屋に戻り、何も見ていないつもりでベッドにもぐりこんで、波の音を聞いた。

 雨は上がったんだな、と思った。

 ミチヒロさん。とつぶやいた。そのあとに、コップの香水の香りを思い出して、また眠った。

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  1. 2006/04/11(火) 01:30:17|
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K氏の森(3)

そう、長く「木師」をしていると失敗もあってね・・・、これまで数回ほど経験したのだが。あるとき、「木」の質がいっせいに変わり始めたことがあったのだよ。どんな質にかって?
「クニノタメニタタカイタイ、センソウデカチタイ」
とか
「テキヲタクサンコロシタイ、ソシテカゾクヲマモリタイ」
とか、中には
「ハヤクセンソウガオワッテホシイ、ミンナナカヨクセイカツシタイ」
「オトオサン、センソウカラハヤクカエッテキテ」
「ワタシノコンヤクシャ、センソウニイッテシマッタ、ハヤクカエッテキテ」
一斉に替わる木々の変化に、わしは気を取られてしまった。見る見るうちに木々はぐんぐん成長する、わしは切るべきか切らざるべきか悩む。そうしているうちに、木々は10万Yokをあっという間に越えてしまったのだ。それこそたくさんの「木」を枯らしてしまったのだよ。「むつむつ」以上の嫌なにおいが充満して、その日は、夜になっても、においは弱まらなかった。あのお方もたいそうご立腹されたそうじゃ。
あとから聞いたのだけれど、こちらの世界では沢山の人が死んだのだそうじゃないか。本当に申し訳ないことをしたものだのぉ。

そんなこんなであっという間に200年。わしの任期は終わったのじゃよ。・・・。


ふと気がつくと、飛行機は、空港に着陸して、乗客は降りる準備をしている。私は眠ってしまったみたいだ。隣に座っていた老人の長い話を聞きながら眠ってしまったのか、それとも、眠りながら聞いていたのか。
あたりを見回すと、話をしてくれたであろう老人は、もう、飛行機の出口付近にいる。なんだ、起こしてくれればよかったのに、と思って老人をじっと見ていたら、老人は振り返って、ウィンクした。200年も生きているようにはみえないんだけど・・・、とふと視線を落とすと、「岸材木有限会社 木材管理部 主任 岸 幸之助」と書かれた名刺がひざの上においてあって、「木、木材に関するご相談はお気軽に」と書いてあった。・・・。


おしまい

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  1. 2006/04/10(月) 22:22:50|
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K氏の森(2)

1日に10Yok伸びる「木」は、比較的成長が早い方。
え?なに?・・「Yok」を知らないって?・・・そうか、
お嬢さんはあちらの世界に行ったことなかったんだっけ。

「Yok」とは、あちらの世界で、長さを表す単位だ。我々は、「木」の一本一本が10万Yokに達する前に、あのお方、え、そう、確かにあのお方は「K氏」と呼ばれておったが、恐れ多くてわしの口からはあのお方を「K氏」なんて呼べたものではなかったのだ。
だからここでも、わしは「あのお方」と呼ばせてもらうことにしよう、お嬢さん。・・・えっと、そう、10万Yokに達する前に、「木」を切り倒すのが我々の仕事だったのだよ。そして、一日に一度やってくる、「トッコロリー」に積み込んで、あの方のもとにお届けするのだ。「木」が悪くなる前にね。え?トロッコじゃないかって?まあ似ているが、正確には「トッコロリー」だ。

 どうしてあの方にお届けするかって?そら、あんた、あのお方が召し上がるためさ。何を?って、お嬢さん、今わしは「木」の話をしておるのだよ。ちゃんと聞いておいておくれよ。あのお方は、「木」しか召し上がらないのだよ。

 連れてこられて最初の数年は、どの「木」の成長が早いか、どの「木」がもうすぐ10万Yokに達しそうか、検討がつかんのだよ。何しろ、木々は背が高く、空一面を覆っていたからね。根っこの方から見たってその「木」の高さなんて分かるもんじゃない。だから、我々は、木々を管理する際に、月に一度「木」の根元に、記録しておくのだ。

「現在5千Yok、及び、『5Yok/日』」

とね。そうすれば、どのくらいの高さに達しているのか、見極めることができるのだ。熟練の木師は、そう、我々の職業を「木師」と言うのだよ、そんな記録を見なくとも、「木」に耳を押し付けて内部の音を聞き取るだけで、その「木」の高さから、伸びる速さまで手にとるように分かるのだがね。そこまでいくには少なくとも10年はかかる。わしも12年程要したがね。

 森ではわしは主に「にほんひと」の「木」を管理しておった。「木」の本数は、「にほんひと」に属するものがざっと1億3千本、そのほか、「あめりかひと」約3億本、「ちゅうごくひと」約13億本、「ろしあひと」約1億4千本、「いぎりすひと」約6千万本・・・、そして「ほかいきもの」に属するものが、・・・・そう、この「ほかいきもの」に属する本数は、「木師」とて、把握できない本数だった。

 「木師」になると、「木」の質も理解できるようになるのだ。「木」に耳を近づけると、聴こえるのだよ。

「ハラヘッタメシクイタイ、アシタハレタライイノニ、カノジョホシイ」

「シュウショクシタイ、ハタラキタイ、オヤニラクサセタイ、カゾクアンシンサセタイ」

「イマカレトワカレタイ、モトカレトマタヨリヲモドシタイ」

「ショウキュウショウカクシタイ、カチョウニミトメラレタイ、オサケアビルホドノンデモゲンキデイタイ」

「アノオンナトエッチシタイ、ドロドロノ、スゴイノガイイ」

という、ありふれたものから、中には、

「アイツヲコロシタイ、モウニドトカオモミタクナイ」

「ハヤクシニタイ、ネットデボシュウシタイ、ヒトリデハシニタクナイ」

という、「むつむつ」な「木」もある。「むつむつ」とは我々「木師」用語で、こういう質の悪い「木」のことをいうのだけれどね。

 我々「木師」はできるだけ、10万Yokに達する前の「むつむつ」ではないもの、を選んで切り倒し、「トッコロリー」に積むように、教えられるのさ。「むつむつ」は、よくない。10万Yok以上に成長させて、枯らしてしまった方がよっぽどましなのだよ、わかるかい?

 でも、注意しなければならないよ、「むつむつ」が枯れるときは、すごい悪臭を放つからね。
 そばにいるなんてもってのほかだけれど、どうしても、そばに切り倒さなければならない「木」がある場合は、あれさ、えっと、なんだっけ、・・・・そうそう、ガスマスクね。あれをつけて作業に取り組むのだよ。

 そうだ、忘れていた、「木師」の誇りとやらを教えてあげよう。それは、あのお方が、召し上がりたいと思われている「木」を切り倒すことだ。

あのお方が召し上がりたい「木」とはね、たとえば、

「カゾクガミナケンコウデタノシクセイカツデキマスヨウニ」

とか

「タクサンベンキョウシテイシャニナッテヒトビトヲタスケタイ」

とかね。あのお方のおっしゃることには、それこそ、舌がとろけるほど、なのだそうだ。

K氏の森(3)へ

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  1. 2006/04/10(月) 22:21:52|
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K氏の森(1)

以前、仕事で札幌に出張に行くことがあった。その飛行機の中での話である。ボーイング767型機。朝はまだ早い。日頃の睡眠不足を補おうと、居眠りを決め込むつもりだった。
隣の席には、白髪の老人が、よっこらしょ、と座った。
私はうとうとして、夢とうつつの境界線あたりをふわふわと行ったり来たりしていた。

シートベルト着用のサインが消えましたが安全のため座席ではシートベルトをお閉めください、というアナウンスがながれると、隣の老人は、ぐはあと、変な音を吐き出した後、
「しかしまあ、現代の産業は発展したものだねえ。鉄の塊が浮き上がるんだからねえ。」
と独り言なのか、私に話し掛けているのか、わからないような言い方で言った。老人の方を振り向くと、待ってましたとばかりに、老人は話しはじめた。

「わしはねえ、200年ぶりに、戻ってきたんですよ。え?なんだって?・・・200年ぶりっていったんですよ。200年前は、日本でいえば、江戸。ヨーロッパならナポレオンの時代かねえ。その時代に、わしはあのお方にお使えするために、選らばれた数人のうちの1人でね。・・・・え?んあ?・・・もう、この年で耳も遠くなってねえ。まあ、そういわずにお聞きなさいお嬢さん。世界で数人のうちの1人に選ばれると言うのは大変な名誉なことだったのですぞ。」
というと目を細めた。私は、何を言っているんだこのじいさんは、大丈夫なんだろうか。キャビンアテンダントを呼んで席を替えてもらおうか、いや、それも、面倒だな、それにしても、老いというものは、時にユーモラスであることだな、と思って、上の空で聞き流すことに決めた。

「あのお方の使いの者に、連れられて到着したのは、どこまでも、どこまでも続く森の中心だった。使いの者の話によると、その森をそちらの世界では『K氏の森』と言うのだそうだ。」

K氏の森?

「わしらの仕事は『K氏の森』で、「木」の管理をすることだった。200年も、よく続いたもんだと我ながら感心するんだがね。まあ、途中で辞めるという道はないに等しかったのだけれど。」

老人はすごいだろう、というような顔つきになってなお話し続けたのだった。

K氏の森(2)へ
  1. 2006/04/10(月) 22:20:56|
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透明フェロモン(9)

 教室の後には、ミチヒロさんと海辺まで散歩に行くのが日課になった。昼食後に一仕事終えたミチヒロさんが、リビングに出てくるのが合図だった。私とカノンさんが生徒さんを見送った後の紅茶をちょうど飲み終える頃だ。
 カノンさんは、いってらっしゃい気をつけてね。というと、私たちを見送った。
 家を出るとなだらかな坂道で、途中に白壁の教会がある。教会の角を折れて、木々の茂る階段の小道を下りていくと、車は殆ど通らない細い海沿いの道に出る。その道を少し行くと、奥まったところにあずま屋があって、そこで海を眺めながら休憩する。帰りは、来た道を戻ることもあったし、階段を使わずに、家まで続くなだらかな坂道をゆっくり歩いて帰ることもあった。

 何回目の散歩だっただろう。私たちはいつものように、いろんな話をしていた。その日、ミチヒロさんは、ユウちゃんはカノンの若いときにますますにてきたなあ、といった。
「髪型は違うでしょ。」
「そうだね。」
「性格も違うでしょ。」
「そうだね。」
「しゃべり方も違うでしょ。」
「そうだね。・・・だけど、似てきてる。」
「好き?」
「何が?」
「昔のカノンさんに似てきてる私のこと。」
「もちろん。すごく好きだよ。」
「どんなところが?」
「髪が短くて、好奇心が強いところかな。」
「ありがとう、ミチヒロさん。私もミチヒロさんのことすごく好き。」
「どんなところが?」
「はじめてあったとき、一緒にビールを飲んで耳が赤かったところとか。」
「ずいぶん、具体的だね。」
「それと、カノンさんにエメラルドグリーン色の香水をプレゼントしたところとか。」
「そんなこと、あったなあ。」
 ミチヒロさんはそういうと、懐かしい目で海を見やった。私はミチヒロさんの視線を追った。
「同じ色。」
「珍しいね。よく晴れているからかな。」
 穏やかな海はカノンさんの香水と同じ色をしていた。
ミチヒロさんは背が高い。
並んで歩くと、上を見上げるようにして、話しかける。
すると、ミチヒロさんは見下ろすようして話に答える。
髪には白髪が混じっていて、全体には灰色に見える。
昔は、もてたのだろうと想像に難くない横顔には、生きてきた証ともいえる数本の皺が笑うとはっきり浮かび上がる。

 この人と同じ時代に生まれて出会っていたら、私はこの人と恋に落ちただろうか。そして、この人も、私に恋をしただろうか。エメラルドグリーンの香水をプレゼントしてくれただろうか。
 息を大きく吸い込むと、香水の香りではなく、潮の香りがした。

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  1. 2006/04/09(日) 09:20:16|
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透明フェロモン(8)

 カノンさんの教室を手伝うのは楽しかった。メイクの仕方だとか、洋服の選び方だとかを熱心に教えるカノンさんの横で、私も知ったような顔をして、生徒さんに指導した。それまで、きちんとしたメイクなんてしたことがなかったし、着るものといったらいつもジーンズにTシャツだった。ヒールのある靴を履いた記憶も、就職して会社勤めしていた数ヶ月の間ぐらいしかなかった。履きなれない靴を履いたときや、ひらひらしたスカートを履いたとき、いつも感じるのは、自分への違和感だった。
 そんな私が、カノンさんの教室を楽しいと感じたことは私としては意外だった。教室のはじまる前にカノンさんの鏡台に座って、メイクをしてもらったり、カノンさんの服を貸してもらって身に付けるのが心地よかった。
「ありがとう、お継母さん。」
とふざけて言うと、「また、オカアサンだなんて言って。」とカノンさんは苦笑した。
 教室があるごとに、そんな風にじゃれあっている私たちの声を聞きつけ、ミチヒロさんが仕事部屋からはいだしてくる。そして、少しは今風の若い女の様になった私と、本物の母親のようなカノンさんを交互に眺めて、
「本当の親子みたいだなぁ、これは。」
と驚いたりした。

 ある日同じようにメイクをしてもらっている時、カノンさんの鏡台の片隅に、ひっそりと置いてある小さな子瓶に目が止まった。透明なエメラルドグリーンの液体。
「お継母さん、あの子瓶、キレイ。香水?」
「そう、秘密の液体よ、キレイでしょ。」
「つけてみたいな。」
「駄目。」
「なんで。」
「大切な時にしか使わないの。」
「じゃあ、大切な時には使わせてくれる?」
「・・・。」
「駄目かあ。」
「・・・、あの香水はね、あの人からもらったものなの。僕が選んだから、君がつけて、っていって。」
「結婚する前の話?」
「そう。女性用の香水を、どれにしようか悩みながら選んでいるあの人の姿を想像すると、なんだかおかしくて、その時は笑っちゃったけど。嫌味のない香で私好みだったから。」
 エメラルドグリーンの液体は嫌味なくらい綺麗だった。
 私にとって、大切な時は、あなたたちと一緒に過ごすこの毎日です、なんてことはもちろん言わなかった。


透明フェロモン(9)

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  1. 2006/04/08(土) 12:33:11|
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プロフィール

Neutron

Author:Neutron
Neutron(ニュートロン)といいます。

お立ち寄りいただきありがとうございます。
小説を書くことで
自分の考えていることや考え方が
皆さんに届いて、共感していただいたり、
感じ取ってもらえる様な作品を書ける様になりたい!
と思っています。
まずは、とりあえず書いてみよう!と思い始めたブログです。
まだまだ未熟ですが・・・。



少しずつですが書き溜めてます。
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お題に沿って、65文字以内で場面を描写する練習をしています。悪戦苦闘中です。
修行目次
未熟者ですがどうぞよろしくお願いします。

※エロ系トラックバックは即効削除します。
お互い労力の無駄です。張らないでください。



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