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『毎日少しずつ進む話。』(5)

 背の高い彼は隣の私に向き直ると、人差し指でトイレの奥の方を指差した。私が振り向いて、奥を覗くと、男性用小便器がずらりと並んでいた。
 すぐには何のことか分からなかった。なぜ女子トイレに男性用が・・・、と頭を振った。と、次の瞬間、はっとした。間違えて男子トイレに入ったのは私である、ということにようやく気がついたのだ。体中の血液が、顔に集まったように、頬が火照り、あたふたし、髪をくしゃくしゃと掻きむしった。

「ごめんなさい!」

と、背の高い彼に叫んだ。彼は、面白い生物でも見るような目つきで私を見下ろし、

「さては酔っ払い?酒くせー。」

と、くくく、と笑った。私は、一目散にトイレを後にした。
息を切らして乗った電車に、彼も乗ったようだった。

 家の近くのA駅に降りると、2両前方から、背の高い彼が降りるのが見えた。私は出来るだけ彼との距離をとりながら、彼が振り返りませんように、と祈りながら歩いた。ひたひたと足音まで忍ばせて。祈りが通じたのかどうかは分からないが、改札を出る頃には、もう彼の姿は見えなかった。
 私はこうして規雄と出会った。
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テーマ:自作小説 - ジャンル:小説・文学

  1. 2006/05/08(月) 22:34:36|
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『毎日少しずつ進む話。』(4)

すべて吐き出したようなすっきりした気分ではあったけれど、まだ酔いは抜け切らなかった。

個室を出て洗面所の鏡の前に立って口をゆすぎ、化粧を直しながらぼんやりと自分の顔を見ていた。

すると、私の駆け込んだ隣の個室から、背の高い女性が、大きな紙袋を抱えて出てきた。

鏡に映った彼女の姿を眺めていた。

黒のコートに細身のデニム。
キャスケットを目深に被っていて顔の半分は見えない。

彼女は私の隣の洗面台までくると、顎を上げて、鏡を覗いた。
目が合った。

「あ。」

私は小さな悲鳴をあげた。彼女は男性だったのだ。

すらりとした容姿から女性と思い込んでいたのだが、顎に無精ひげが生えていた。

「あ?」

と彼は、低い声で答えた。
彼も、少し驚いたようだった。

トイレには彼と私以外だれもおらず、静かだった。

つづきはこちら

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  1. 2006/05/08(月) 11:29:33|
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『毎日少しずつ進む話。』(3)

T駅に着くと、いつもより飲みすぎたせいで気分が悪かった。

終電が近いせいか、人が多い。
コート姿のサラリーマン、白いファーを首に巻いたOL、遊びつかれたようなジーンズ姿のカップル、冬だと言うのに日焼けした肌を晒した女性は高校生だろうか。
様々な人が行き交う。私は、むせ返りそうになるのを堪えながら、改札の近くにあるトイレに慌てて駆け込んだ。

T駅のトイレは汚い。鼻を突くアンモニア臭。トイレットペーパーフォルダーにはトイレットペーパーが備え付けられているのを見たことがない。

しかし、そんなことに気を取られている暇などなかった。

私は、トイレの個室に鍵をかけると、汚らしい便器の中に胃の中のものをすっかり吐き出してしまった。

佐々木の二の腕の弾力と、ポマードの匂いが思い起こされ、またむせ返った。

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  1. 2006/05/07(日) 19:16:17|
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『毎日少しずつ進む話。』(2)

 規雄と出会ったのは、職場の忘年会の帰りだった。

一次会で傘を忘れてきたのを思い出し、取りに戻ってから一足遅れて行った二次会の居酒屋では、不運にも上司の佐々木の隣しか空いてなかった。

禿げ上がった頭部を無理やり隠すようにした不自然な七三は、べったりとポマードで粘り、アルコールと汗に混ざって独特な匂いを放っていた。

六畳程度の座敷に十人ばかりの人間が大きなテーブルを囲んで座った。
佐々木は、狭いことをいいことに、自然さを装いながら、だらしなく弛んだ二の腕を押し付けてきた。
私は佐々木の二の腕にじりじりと押され砂壁と佐々木の間に挟まり、勧められるままにグラスを空けて居心地の悪さを紛らわしていた。

ようやく解放されたのは、午前0時過ぎだった。家までタクシーで送っていくよという佐々木の申し出を固辞して、T駅まで走った。

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  1. 2006/05/07(日) 18:07:52|
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『毎日少しずつ進む話。』

 朝、キッチンでコーヒーを入れながら規雄が
「波子、今週末空いてる?」
と思い出したように尋ねた。
「どうして?」
改まって予定を聞くことは珍しかったので、何か特別なことでもあるのかしら、と思った。
「別に、なんとなく。」
規雄は、再び静かに熱湯を注ぐ。香ばしいコーヒーの香が部屋中に漂う。規雄と私の部屋。もともとは彼の部屋だった。1km離れた私のアパートから、毎日こつこつ蟻のように、自分に必要な荷物を運ぶようになって3ヶ月。殺伐としていた部屋は穏やかに変化した。衣類、食器、読みかけの本、お気に入りのテーブルクロス、カレンダー、靴、歯ブラシ、枕・・・。

 少しずつ私の物が増えた。

 濃いブルーの薄汚れたカーテンを、淡い黄色の薄手のものに変えた時の変化は劇的だった。6畳のリビングは柔らかい光で満ちていた。

「なんだか本当の春みたいだね。」

と、規雄は何度もカーテンを開けたり閉めたりした。

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  1. 2006/05/04(木) 15:16:56|
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プロフィール

Neutron

Author:Neutron
Neutron(ニュートロン)といいます。

お立ち寄りいただきありがとうございます。
小説を書くことで
自分の考えていることや考え方が
皆さんに届いて、共感していただいたり、
感じ取ってもらえる様な作品を書ける様になりたい!
と思っています。
まずは、とりあえず書いてみよう!と思い始めたブログです。
まだまだ未熟ですが・・・。



少しずつですが書き溜めてます。
倉庫目次

お題に沿って、65文字以内で場面を描写する練習をしています。悪戦苦闘中です。
修行目次
未熟者ですがどうぞよろしくお願いします。

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お互い労力の無駄です。張らないでください。



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